2011/05/12

ウィリアム・ソウルゼンバーグ/野中香方子 訳 「捕食者なき世界」

捕食者なき世界

シカ害は何故起きる?
私の父親は一昨年、ワナ猟の免許を取った。実家の裏にあるタケノコ山に猪や鹿が出没するようになり、タケノコを掘り返されたり、木の芽を食べられるようになったため、どうせならこれらの動物も「収穫」してしまえ、と思ったからだ。素人仕事ながら、一昨年は鹿一頭を「収穫」している。

このような話は枚挙にいとまがなく、鹿の駆除のために自治体職員や農協職員が猟の免許を取る例が多い。シカ害が起きるのは、鹿の住む場所が減ったことと、鹿が増えすぎたことが大きな要因である。日本で鹿が増えているのはここ20年らしく、その原因はまだはっきりとは分かっていない。しかし、同様の事例は世界各地で存在し、北米では「頂点捕食者(トップ・プレデター)」たるオオカミが、人間によって殺されたことが原因ではないか、という説が有力になっている。

本書は「頂点捕食者」の重要性に着目し、様々な観察を経て、被食者に養われていると思われていた捕食者が、実は生態系の維持に欠かせない存在であるとの結論に達した科学者たちを追ったノンフィクションである。内容は非常に濃く、最新の生物多様性、生態系の保全に関する研究を知るには、見逃せない一冊だろう。ちなみに、原題は「Where the wild things were」であり、訳すと「かいじゅうたちのいたところ」になる。つまり「かいじゅうたちのいるところ」のパロディなのである。

頂点捕食者が生態系を守る
我々は小さい頃から食物連鎖や生態系について、いくらかの教育を受けており、自然は多くの結びつきの上に成り立っていることを知っている。しかし、多くのイメージは、被食者が捕食者を支えている、というものではないだろうか?しかし、本書で出てくるのはその逆、捕食者が被食者のバランスを保つ機能を担っているという説である。

ある海岸で、特定の区画だけ「頂点捕食者」であるヒトデを除去し、推移を観察したたところ、イガイの異常増殖が発生し他の生き物を食い尽くした。同様に、ラッコが減った海ではウニが異常発生して海藻類食い尽くし、ダム湖によってピューマから隔離された人工島ではホエザルの過密による地獄絵図が繰り広げられた。いずれもピラミッドの頂点に位置する「キーストーン」である「頂点捕食者」がいなくなったために発生した現象だ。

本書に登場する研究者たちは、北米のシカの増加も同じだと考えている。人間たちが家畜の飼育に都合の悪いオオカミを殺し続けた結果、シカを捕食する者がいなくなった。増えたシカは多くの植物を食いまくり、昆虫の減少を招く。昆虫は花粉の媒介者であるため、昆虫の減少は植物の減少を意味する。オオカミの駆除は長い時間をかけて、森に死をもたらすのである。

このような、人為的な捕食者の駆除による生態系の破壊を防ぐため、研究者たちは捕食者を復活させることを提案している。実際にイエローストーン国立公園では、カナダからオオカミを取り寄せ、野に放っている。極端な提案では、マンモスがいた頃まで戻すために、ゾウを北米に運んでくる案まであるようだ。もっとも、関係各所の抵抗は少なくない。イエローストーンの例では、オオカミによって獲物が減ってしまうとハンティングを楽しめなくなるハンターたちから、多くの脅迫が寄せられたとのことである。

ヒトに関する考察も面白い
ヒトによる生態系の破壊は最近始まったのではない。サルがヒトに進化し、捕食者になった1万5000年前から起こっている。その頃からヒトは狩りすぎていたのだが、その頃の狩りの方法は驚くべきものだ。集団で獲物を追いかけ続け、獲物が疲れたところをしとめるという方法を採っていたと考えられているのだ。野生動物を相手に走り勝って食べ物にありついていたのである。アフリカ出身の陸上選手のパフォーマンスを見ていると、さもありなん、ではあるが現代人の感覚では驚くほかない。

この頃のヒトはまだ、狩られる存在でもあった。そのため、鋭い観察力や敵を察知する能力、速く走る能力を持っていたが、現代の人間は頂点のまだ上にいる捕食者となり、そのような能力は不要になった。そのため「でっぷり太ったカウチポテト」が大勢誕生するに至っている。頂点捕食者の消滅は、生態系だけでなく人間のバランスにも深刻な影響を及ぼしていると言えよう(笑)。近年「肉食系」という概念が流行しているのは、ヒトの上の捕食者という存在が、ヒトにとっても必要なのだと無意識に気づいている人がいるからかもしれない(笑)。

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