2012/06/10

野嶋剛 「銀輪の巨人」



 TREKというアメリカのブランドのクロスバイクに乗っている。これを買う際にどちらにしようか迷ったのは、台湾のブランド、GIANTのクロスバイクだった。結局、自分の場合は変速方法が好みだったTREKを買うことにしたが、GIANTはどの自転車専門店にも置いてあるほどポピュラーで、十分な品質と手頃な価格を持ち、本書によるとフレームベースのシェアでは世界No.1の自転車ブランドとのこと。本書は、そんなGIANTの創業からこれまでの軌跡をたどった1冊であるが、同時に、台湾勢に追いぬかれ世界一の座から転げ落ちていった日本の自転車産業も描くものでもある。

 本書によると自転車は、比較的早い段階で「日本製造業のグローバルマーケットにおける失敗」が現れた産業で、それも急速に進行したとのことである。結果として、素材や部品(シマノなど)は強いものの、完成車はダメという図式ができあがった。現在、電機業界が直面しているのと同じ状態が、一足早く訪れていたのだ。では、日本勢凋落の分水嶺はどこだったのだろうか?はっきりとは分からないが、産業自体が成熟し「国際的に規格化された量産品を組み立てる」産業になった段階で、次の付加価値、より高次の付加価値を作れたかという点にあるように思う。GIANTの場合は、自転車文化を醸成しミドルマーケットを自ら創造することで販売単価を上げることに成功した。すなわち、自転車を売るのではなく、自転車を使うライフスタイルを売ったのだ。電機で言えば、Appleがユーザーエクスペリエンスを売るというコンセプトで成功した例がこれに符合する。

 これらを踏まえれば自転車にしろ電機にしろ、日本勢凋落の原因は「もの」にこだわり過ぎたことにあるように感じる。実際、ユーザーが買っているのは「もの」であるように見えるが、本質的には「もの」を手に入れることで得られる「幸せ」なのだ。そうした高次の価値の創造ができず、自転車は凋落していった。そして、自転車の教訓を活かすことなく、電機も凋落しようとしている。ある意味では、自転車産業は電機の将来像なのかもしれない。今、日本の自転車産業の平均輸出単価は10,000円程度。台湾のそれは380米ドルである。願わくは、電機業界は違う未来を歩まんことを。

野嶋 剛 東洋経済新報社 2012-06-01
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