2022/01/23

服部文祥「ツンドラ・サバイバル」を読んだ



刊行(2015年)からそこそこ時間の経った本だが、今更ながらサバイバル登山家として知られる服部文祥氏の「ツンドラ・サバイバル」を読んだ。サバイバル登山とは極力食料を現地調達するスタイルの登山で、夏なら渓流釣り、冬なら猟をしながら登山をする。

本書はそんな著者の2010年から2013年にかけての国内でのサバイバル登山の記録と、2013年にNHK BSの番組、”地球アドベンチャー 冒険者たち「北極圏サバイバル ツンドラの果ての湖へ〜登山家 服部文祥〜」”にてロシアのツンドラ大平原をサバイバルスタイルで旅した際の記録をまとめたものである。

もともと服部文祥という存在もサバイバル登山家であることも知っていた。前述のNHKの番組も、たまたまではあるが放送時に観ていた。が、当時は「すごいなあ」と思いつつもそれほど興味は湧いていなかった。しかし、ここにきてあらためて興味が湧いてきたきっかけは以下のYouTube動画である。

服部氏が世界的クライマーである山野井泰史氏(服部氏の古くからの友人でもある)と共に新潟県の奇岩ガンガラシバナに登りに行くというものだが、道中で豊富に撮影されている野営模様が、ちょうどコロナ禍もあってキャンプを再開していた自分の琴線に触れた。息をするように野営している山屋の男たちは言うなれば高度なスキルを持ったキャンパーのようなものであり、俄然、服部氏の持つスキルやこれまでの経験に興味が湧いてきたのである。

そんなわけで読み始めた本書、やはり面白いのはタイトルにもなっているNHK番組の旅の記録である。番組は服部氏がツンドラの大平原をサバイバルスタイルで旅して隕石湖エル・ギギトギンに到達し、そこで幻の固有種イワナを釣って食べるというもの。道中、トナカイ遊牧民の1人(名前はミーシャ)と合流し、彼が獲ったカリブーを食料に目的地を目指す。

番組内ではミーシャの合流はチープな寸劇の末に決まっており、「どうせ仕込みなんだからガイドか何かとしてしなっと合流させればいいのに」と思っていたのだが、本書によると完全に偶然だったようだ。たまたま遊牧班の班長と揉めて干されていたため「一緒にエル・ギギトギンまで一緒に行かない?」「いいよ」という仕込みとしか思えないやり取りで合流することができたのである。むしろ仕込みじゃないからぎこちなくてチープに見えていたのか…。

果たして合流したミーシャはリアルにツンドラを生き抜くトナカイ遊牧民であり、そのサバイバルスキルはガチンコであった。サバイバル登山を提唱する服部氏のスキルはもちろん低くはないが、あくまで趣味の領域であり、目の前に現れた「ホンモノ」を畏敬の念を持って見る。ナイフ、猟銃の使い方、カリブーの動きの読み方、釣りの技術、獲物の捌き方、火起こし、炊事、ミーシャの多くのサバイバルスキルを観察し、自分のスキルとの共通点や相違点をレポートする筆致は本書の中でも一段と鋭い。

番組名にサバイバルを謳うものの、今回は普段のひとりで行うサバイバル登山とは違ってカメラマンやロシア人のコーディネーター、ポーターが同行しており、大名行列状態だったようだが、服部氏は明らかにこれら文明人たちよりミーシャに共感を覚えている。むしろ憧れのようなものを抱いてすらいたのではないかと思う。服部氏のサバイバル志向はおそらく日本で言うところのマタギや「黒部の山賊」的な人たちに憧れるところから来ているのではないかと思うのだが、ミーシャは正に現役のそういう人なのだ。

そんなミーシャとの旅もエル・ギギトギンに着いて佳境を迎える。サバイバルスタイルは自分ですべての装備を運ぶルールであるため、湖での釣りにはおもちゃのゴムボートを使わざるを得なかった(残念ながらオールだけはヘリで湖まで空輸した)こともあって大苦戦。番組を観ていてもゴムボートは今にも転覆しそうで危なっかしかったし、実際に沖に漕ぎ出せず苦労していたようだ。そんな中、何とか1匹の魚を釣り上げることに成功する。残念ながらお目当て固有種ではないがこれで最低限番組は成り立つなと一同ホッとした…ところからの逆転ホームラン。仕込んでいたんじゃないかと思うくらいドラマチックである。

他にも放送には登場しなかった話が盛りだくさんである。文明側ロシア人とミーシャの軋轢、早く帰りたい態度ありありのロシア人スタッフに毅然とした態度で対応するNHKディレクター氏、撮影完了して帰ろうとしたところで天候悪化して2週間ほど缶詰になった話などなど。惜しむらくは、今となっては読んだあと/読む前に番組を参照できない点だが、本書だけでも十分面白い。キャンプ、サバイバル、冒険、探検好きな方はぜひ手にとって読んでみて欲しい一冊である。

ちなみに服部氏は情熱大陸にも出演したことがある。その時はサバイバル登山中に滑落し重傷を負う模様が放送された。本書の前半、国内部分にはその時の話も詳しくレポートされている。その時のカメラマンが平出和也氏だったとは知らなかった。


サバイバル登山の記録ではなく、スキルだけをまとめた本もある。