2024/03/23
コロナ後遺症の研究から明らかになったうつ病のメカニズム / 近藤一博「疲労とはなにか」
2024/02/12
腐れ学生フィールド・オブ・ドリームズ。/ 万城目学「八月の御所グランド」を読んだ。
2023/01/07
イヌイット以上にイヌイットらしい日本人の半生 / 大島育雄「エスキモーになった日本人」を読んだ
著者の大島育雄氏は日大登山部出身の日本人。植村直己と共にグリーンランド最北の村シオラパルクに滞在し、イヌイットから極地での生活技術を学ぶうちにイヌイットの狩猟文化に魅せられそのまま居着いてしまった人だ。
グリーンランドでは有名人らしく日本人がグリーンランドを訪れると、決まって「シオラパルクのイクー(現地ではイクオではなくイクーと発音する)とは知り合いか?」などと訊かれるようである。[1]
大島氏は元々極地探検を志しており、大学卒業後、親類の経営する会社に就職し極地探検に備えていた。そんな折、日大登山部と親交のあった植村直己が犬ぞりでの北極点到達を目指し、準備のためにグリーンランドイヌイットの村に滞在するという話を聞く。そして大島氏も日大隊の事前準備のためにグリーンランドに向かうのだ。
そこでイヌイットの生活技術を学ぶうちに探検家から猟師へと心が変わっていく。誰から命令されることもなく、自分のウデが生活に直結するという狩猟生活が大島氏には魅力的に映ったようだ。何度か訪れている(この時はTV取材班の補助)うちに縁談が持ち込まれ、大島氏も「なりゆきに身をまかせ」現地人のアンナさんと結婚する。
植村直己や大島氏は、イヌイットと同じ食べ物を食べ、同じように生活をしていたため、村の中でも「日本人は本当の仲間だ」「日本人の婿が欲しい」という話があったようだ。
長男の海(ヒロシ)氏誕生後、日大山岳部から北極点遠征への協力要請があり、遠征隊に参加して北極点到達を果たす。この北極点遠征は植村直己と日大隊のマッチレースになったが、日大隊が1日早く北極点に到達している(史上4番目)。ただし、植村直己は犬ぞり単独行であり、こちらは世界初の快挙だった。
その後の大島氏は探検からは完全に足を洗い、猟師の道を行く。今でこそイヌイット伝統猟法の名人だが、最初のうちは失敗続きだったようだ。初めて仕留めたアザラシは、ライフル弾が当たったはずが銃声に驚いて気絶していただけだった、というエピソードが面白い。しかし持ち前の器用さで次々と狩猟技術をものにしていき、今では猟師自体が少なくなっていることもあって、イヌイット以上に伝統猟法に詳しい日本人なのである。
本書には様々な伝統猟法が紹介されている。有名なものは白い布の後ろに隠れて「だるまさんが転んだ」的に寝ているアザラシに近づいていく「ウーットリヤット」だ。他にもウサギ、セイウチ、アッパリアス(海鳥)など様々な獲物の捕り方が紹介されており、珍しいところではオヒョウのはえ縄漁なども紹介されている。
1989年発刊の古い本ということもあり「イヌイット」は「エスキモー」と記載されている。「エスキモー」が差別的な表現だという議論は当時もあり、本書でも一節割いてその説明をしている。ただ、当時特にグリーンランドのイヌイットはさほど「エスキモー」に抵抗はなく、「極地(ポーラー)エスキモー」の呼び名に誇りを感じる雰囲気もあったようだ。
大島氏が先乗りしていた植村直己のところに転がり込む形でグリーンランドにやってきたのは1972年だった。そして近年はその技術を学ぶために新たな日本人探検家が大島氏の元を訪問している。そう、「極夜行」の著者、角幡唯介氏である。本書に出てくるイヌイットの文化、技術は角幡氏の探検にも通じる話なのだ。本書を読んでから「極夜行」を読むと、理解の解像度がアップすることは間違いない。
| エスキモーになった日本人 大島育雄 文藝春秋 1989年08月 売り上げランキング :
|
|
2022/12/27
サバイバル登山家:服部文祥氏が「登山者のハートをストレートに表現している、良くできている」と評する山岳マンガ2選
アジア人初のピオレドール生涯功労賞を受賞した登山家の山野井泰史氏。その歩みが今年「人生クライマー」という映画になり、その公開を記念してご本人も登場するトークライブが配信された。
おれたちの頂
岳人(クライマー)列伝
| おれたちの頂復刻版 塀内夏子 山と渓谷社 2014年05月 売り上げランキング :
|
| 岳人列伝 村上 もとか 小学館 2011年05月14日 売り上げランキング :
|
| CHRONICLE 山野井泰史 全記録 山と溪谷社 2022年07月13日 売り上げランキング :
|
| 神々の山嶺(いただき)(1) 夢枕獏/谷口ジロー 集英社 2006年10月 売り上げランキング :
|
2022/06/19
ベテラン山小屋バイトのイラストエッセイ / やまとけいこ「黒部源流山小屋暮らし」を読んだ
2022/01/23
服部文祥「ツンドラ・サバイバル」を読んだ
刊行(2015年)からそこそこ時間の経った本だが、今更ながらサバイバル登山家として知られる服部文祥氏の「ツンドラ・サバイバル」を読んだ。サバイバル登山とは極力食料を現地調達するスタイルの登山で、夏なら渓流釣り、冬なら猟をしながら登山をする。
本書はそんな著者の2010年から2013年にかけての国内でのサバイバル登山の記録と、2013年にNHK BSの番組、”地球アドベンチャー 冒険者たち「北極圏サバイバル ツンドラの果ての湖へ〜登山家 服部文祥〜」”にてロシアのツンドラ大平原をサバイバルスタイルで旅した際の記録をまとめたものである。
もともと服部文祥という存在もサバイバル登山家であることも知っていた。前述のNHKの番組も、たまたまではあるが放送時に観ていた。が、当時は「すごいなあ」と思いつつもそれほど興味は湧いていなかった。しかし、ここにきてあらためて興味が湧いてきたきっかけは以下のYouTube動画である。
服部氏が世界的クライマーである山野井泰史氏(服部氏の古くからの友人でもある)と共に新潟県の奇岩ガンガラシバナに登りに行くというものだが、道中で豊富に撮影されている野営模様が、ちょうどコロナ禍もあってキャンプを再開していた自分の琴線に触れた。息をするように野営している山屋の男たちは言うなれば高度なスキルを持ったキャンパーのようなものであり、俄然、服部氏の持つスキルやこれまでの経験に興味が湧いてきたのである。
そんなわけで読み始めた本書、やはり面白いのはタイトルにもなっているNHK番組の旅の記録である。番組は服部氏がツンドラの大平原をサバイバルスタイルで旅して隕石湖エル・ギギトギンに到達し、そこで幻の固有種イワナを釣って食べるというもの。道中、トナカイ遊牧民の1人(名前はミーシャ)と合流し、彼が獲ったカリブーを食料に目的地を目指す。
番組内ではミーシャの合流はチープな寸劇の末に決まっており、「どうせ仕込みなんだからガイドか何かとしてしなっと合流させればいいのに」と思っていたのだが、本書によると完全に偶然だったようだ。たまたま遊牧班の班長と揉めて干されていたため「一緒にエル・ギギトギンまで一緒に行かない?」「いいよ」という仕込みとしか思えないやり取りで合流することができたのである。むしろ仕込みじゃないからぎこちなくてチープに見えていたのか…。
果たして合流したミーシャはリアルにツンドラを生き抜くトナカイ遊牧民であり、そのサバイバルスキルはガチンコであった。サバイバル登山を提唱する服部氏のスキルはもちろん低くはないが、あくまで趣味の領域であり、目の前に現れた「ホンモノ」を畏敬の念を持って見る。ナイフ、猟銃の使い方、カリブーの動きの読み方、釣りの技術、獲物の捌き方、火起こし、炊事、ミーシャの多くのサバイバルスキルを観察し、自分のスキルとの共通点や相違点をレポートする筆致は本書の中でも一段と鋭い。
番組名にサバイバルを謳うものの、今回は普段のひとりで行うサバイバル登山とは違ってカメラマンやロシア人のコーディネーター、ポーターが同行しており、大名行列状態だったようだが、服部氏は明らかにこれら文明人たちよりミーシャに共感を覚えている。むしろ憧れのようなものを抱いてすらいたのではないかと思う。服部氏のサバイバル志向はおそらく日本で言うところのマタギや「黒部の山賊」的な人たちに憧れるところから来ているのではないかと思うのだが、ミーシャは正に現役のそういう人なのだ。
そんなミーシャとの旅もエル・ギギトギンに着いて佳境を迎える。サバイバルスタイルは自分ですべての装備を運ぶルールであるため、湖での釣りにはおもちゃのゴムボートを使わざるを得なかった(残念ながらオールだけはヘリで湖まで空輸した)こともあって大苦戦。番組を観ていてもゴムボートは今にも転覆しそうで危なっかしかったし、実際に沖に漕ぎ出せず苦労していたようだ。そんな中、何とか1匹の魚を釣り上げることに成功する。残念ながらお目当て固有種ではないがこれで最低限番組は成り立つなと一同ホッとした…ところからの逆転ホームラン。仕込んでいたんじゃないかと思うくらいドラマチックである。
他にも放送には登場しなかった話が盛りだくさんである。文明側ロシア人とミーシャの軋轢、早く帰りたい態度ありありのロシア人スタッフに毅然とした態度で対応するNHKディレクター氏、撮影完了して帰ろうとしたところで天候悪化して2週間ほど缶詰になった話などなど。惜しむらくは、今となっては読んだあと/読む前に番組を参照できない点だが、本書だけでも十分面白い。キャンプ、サバイバル、冒険、探検好きな方はぜひ手にとって読んでみて欲しい一冊である。
ちなみに服部氏は情熱大陸にも出演したことがある。その時はサバイバル登山中に滑落し重傷を負う模様が放送された。本書の前半、国内部分にはその時の話も詳しくレポートされている。その時のカメラマンが平出和也氏だったとは知らなかった。