2010/11/17

玉村豊男 「世界の野菜を旅する」

世界の野菜を旅する (講談社現代新書)

田舎で畑を耕すという選択肢
 「東大に入れば必ず勝ち組になれるわけではないが、人生の選択肢は確実に増える。」ということが言われたのは、「勝ち組/負け組」という言葉と「ドラゴン桜」が流行っていた頃。本書の著者、玉村豊男さんは、東大仏文科を出たのち、翻訳業、文筆業を経て、軽井沢にほど近い長野東御市に移住。里山の麓で野菜を作りながら、その野菜を使った料理を提供するカフェを経営。さらに自ら葡萄の栽培に乗り出し、ワイナリーまで作ってしまった人物だ。
 まさに、増えた選択肢を有用に選択してきたといえる人生で、会社勤めから逃げられない身としては羨ましい限り。長野県に移住してからワイナリーを作るまでの過程については「里山ビジネス」に詳しいが、本書は、自らも様々な種類を栽培しているという野菜に焦点を絞った1冊である。

目次は以下の通り。
はじめに
第1章 赤ん坊はキャベツから生まれる
第2章 ジャガイモがタラと出会った日
第3章 トウガラシはなぜ辛いのか
第4章 ナスは貧乏人が食べる
第5章 サトイモのナショナリズム
第6章 テンサイがつくった砂糖
あとがき

気楽な野菜エッセイ
 各章のタイトルは作物を冠したモノになっており、その作物に関する様々なエピソードが紹介されている。エピソードにはその作物の原産地や伝播の歴史、語源や各国での料理方法にことわざ、そして玉村さん自身が栽培したり食べたりした際の感想などがあるが、歴史的、文化的はたまた宗教的など様々な観点からの考察があり興味深い。とはいっても、野菜に関する知識を体系的にまとめている類のお堅い本ではなく、どちらかと言えばウンチク本に近い。キャベツの章ならキャベツの話が中心ではあるモノの、他の食べ物についてもざっくばらんに書いており、野菜エッセイと形容するのがピッタリだと思う。
 例えばサトイモを扱うはずの第5章の書き出しは、ニンジンの話だし、締めはキャベツとハクサイの話である。肩肘張らず「へー、そうなんだ」と読むくらいがちょうど良いだろう。

食べ物に出るお国柄が出る
 やはり食べ物は気象条件や地理的な要因に左右される部分が大きいため、そのエピソードにはお国柄が出る。例えばサラダにまつわるウンチクだ。

「サラダ」という言葉(英語=salad/フランス語=salade)は、ともにラテン語で塩を意味する「サル sal」に由来する。「塩を当てた、塩味をつけられた、塩漬けにされた」という意味の、中世ラテン語南仏方言が直接の祖先らしい。

(中略)

 塩を含んだ液体にサラダより長時間さらされている状態は、マリネ、と表現する。野菜のマリネ、魚介のマリネ。それぞれの食材を、塩、油、香草などを混ぜた液体(ソース)の中に浸け込んだものを言う言葉だがマリネ marinéは「海」(ラテン語名詞 mare/英語形容詞 marine)から来ており、海の水に浸ける、塩水に漬ける、というのが本来の意味である。

(中略)

 サラダは「塩を当てたもの」であり、塩が食材の表面に止まっている状態でなければならないのに対して、マリネは「塩が浸透したもの」であって、塩分が食材の内部まで達した状態になってはじめて完成する。
 サラダからマリネに至る過程は、時間の経過とともに進行するひと続きのものだから、サラダは放っておけばやがては海になる・・・といってもいいかもしれない。
p27、p29、p30

 欧州らしい、なかなか優雅な表現ではないだろうか。塩がやがて海になるという捉え方はとてもロマンチックだ。一方、日本のエピソードだって「らしさ」では負けていない。

 日本では、カミナリが多い都市は稲がよく実るといわれ、そのために雷鳴とともに天を照らす閃光は、稲妻と呼ばれて農民によろこばれた。
 これはカミナリが空中の窒素を土壌に固定して稲に窒素肥料を与えるからで、稲を助けるから稲の妻と呼ばれたのである。
p178

 日本らしい自然信仰をベースにしたエピソードである。もっとも、稲を助けるから妻という捉え方は日本的だと感じる反面、「妻は助けるもの」と考えている点は現代では怒られそうな感覚ではある。
 日本についていえばこの他にも、焼畑文化から稲作文化に移行するにあたっての、文化の衝突と紅白まんじゅうの関係など、民俗学的なエピソードもあって面白い。ちなみにこのエピソードは、全然関係ないようだが、サトイモの章で登場する。

格好の居酒屋トーク素材
 本書を読みながらふと思ったのは、本書で語られる数多くののウンチクは居酒屋で使えるのではないかということだ。居酒屋の主役は、料理とおしゃべり。しかもおしゃべりは他愛のないようなものが好まれる。本書は、他愛の無い文章で料理について書いてある本であるから、おしゃべりの素材としてうってつけではないだろうか。もちろん、単に知識をひけらかすだけなら、悪い意味で鍋奉行のようなウザさがでてしまう。しかし、その点はフランス留学経験のある著者。単なる知識にとどまらず、おしゃれで皮肉の効いたエピソードが満載だ。「確実に飲み会の主役になれるわけではないが、トークの選択肢は確実に増える」一冊である。

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