2011/09/25

冲方丁 「天地明察」



暦を巡るプロジェクトX時代劇
 日本の暦は今でこそグレゴリオ暦(西暦)を使っているが、江戸時代の当初は、9世紀に中国より伝来した宣明暦を使い続けていた。この暦には誤りがあり、本書の時代背景である17世紀まで800年に渡って使い続けた結果、2日のズレが生じていた。そこで碁方(プロの碁打ち)の家系ではあるが算術、天文にも明るい主人公、渋川春海を中心に、日本独自の暦、大和暦を作り上げるプロジェクトが動き始める。本書はその大和暦制定プロジェクトに尽力した人たちを描く、江戸時代版プロジェクトX小説である。

武士が主導する「武」から「文」への転換
 たかが暦と思いがちではあるが、本書の中では暦は、農業上の重要性のほか、「武」から「文」への統治手法の変化の象徴として描かれている。時は17世紀末、戦乱の世が終わって太平の世の中になり、元禄文化が花開こうとしているまさにその時、その象徴なのである。驚くべきはそれを主導しているのが、武士だということ。
 渋川春海は武士ではないが(後に武士階級を与えられる)、プロジェクトを立ち上げたのは会津藩主、保科正之であり、もちろん武士である。つまり武士が自主的に「武」を捨てることを選択したということであり、こういう転換は世界的にも珍しいのではないか、と感心してしまった。

多くの要素が絶妙に混ぜ合わせた構成
 主題が改暦の本書であるが、その他にも様々な要素がある。渋川春海の本職は碁方であり、その碁にも転換点が訪れる。将軍の前で打つ碁は当時、過去の棋譜をなぞって打つ、いわばプロレスであったが、碁のさらなる発展のため真剣勝負にしようという提案が挙がり始める。暦の作成に使った算術では和算で有名な関孝和との絡みがある。そして、春海自身ののラブストーリーもあり、保科正之はじめ多くの協力者たちにはそれぞれのバックグラウンドがある。それら様々な要素は巧みにに織り混ぜられ、日本文化のひとつの転換点を非常に「面白く」浮かび上がらせてくれる。この構成は絶妙と言う他ない。

登場人物のコミカルさは映像化を意識して?
 本書の「面白さ」の1つは登場人物のキャラクターが妙にコミカルなところ。時代小説の割に、キャラクターは妙に今風なのである。ヒロインのえんは男勝りの武家女子、関孝和はキレるだけキレてから仲間になる少年ジャンプ式、主君にあたる酒井は面白みのない無気力キャラかと思いきや、実は切れ者という描かれ方だ。酒井との淡々とした囲碁シーンや、えんが春海を叱りつけるシーンなどは、映像化を意識して書いているのでは(映画化したときに売れやすそう)、と思えるほど容易に光景が浮かんでくる。そんなわけで、本書は非常に「面白い」ため、第31回吉川英治文学新人賞作品ではあるものの、文学作品と言うよりは娯楽作品と言えるかもしれない。

 などと書いていたら、「おくりびと」の滝田監督で映画化されるようだ。自分の脳の中で再生されていた幾多のシーンがどう映像化されるのか、楽しみである。

天地明察

冲方 丁 角川書店(角川グループパブリッシング) 2009-12-01
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by ヨメレバ

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